2017年10月27日
江戸に春を告げたシラウオ
江戸に春を告げたシラウオ
ニシン(鰊)が北海道の春告魚であったように、シラウオ(白魚)は、江戸に春を告げた。
早春、産卵のために隅田川をのぼってきたからである。
江戸のシラウオが、そもそも名をあげたのは徳川家康によるものと伝えられちいる。
隅田川のシラウオは、自分の故郷、三河のシラウオを隅田川に移植したものとする説もある。
また、慶長十八年、佃島の魚師が江戸近海で漁をしていたとき、白い小魚がたくさんとれた。
漁師の中に摂津(兵庫県)の者がおり、この魚の頭に葵の紋様(シラウオは半透明で脳が透きとおって見える)
があったので、シラウオではないかと将軍に届け出た。
家康は三河でもとれるシラウオが好物だったので「江戸でシラウオがとれるのは吉兆のしるし」と大喜びしたという。
以後、シラウオは、三月の一日にはかならず徳川家に献上された。
さらに、一月十七日には、「御神酒(おみき)流し」というシラウオの祭りが行われ、
佃島の住吉神社の神官や囃子方(はやしかた)などが舟に乗り、お神酒を川に流して川を浄めた。
この行事は、家康の命令で隅田川にシラウオはの稚魚を放った際、
その成長を住吉神社に祈願したことに由来しているともいわれている。
シラウオは成魚で10~12センチという、太平洋沿岸にすむシラウオ科の小さな魚である。
サケ同様、川で生まれ、海で育ち、再び川をのぼって上流で産卵する。
シラウオはサケ・マスの仲間でもあり、それらの魚と同様、背の後ろにアブラビレという小さなヒレがある。
シラウオの旬は、産卵のため川をのぼりはじめる早春のころである。
川の上流、産卵場所へ近づくほどまずくなる。
同じく「素魚」や「白魚」と書き、シラウオと呼ぶ博多名産の魚は、シラウオとは別種のハゼ科の魚である。
シラウオは吸い物や天ぷら、卵とじなど加熱した方がおいしいが、シラウオなまで食べるほうがおいしいとされる。
byチェリー号船頭の雑学
ニシン(鰊)が北海道の春告魚であったように、シラウオ(白魚)は、江戸に春を告げた。
早春、産卵のために隅田川をのぼってきたからである。
江戸のシラウオが、そもそも名をあげたのは徳川家康によるものと伝えられちいる。
隅田川のシラウオは、自分の故郷、三河のシラウオを隅田川に移植したものとする説もある。
また、慶長十八年、佃島の魚師が江戸近海で漁をしていたとき、白い小魚がたくさんとれた。
漁師の中に摂津(兵庫県)の者がおり、この魚の頭に葵の紋様(シラウオは半透明で脳が透きとおって見える)
があったので、シラウオではないかと将軍に届け出た。
家康は三河でもとれるシラウオが好物だったので「江戸でシラウオがとれるのは吉兆のしるし」と大喜びしたという。
以後、シラウオは、三月の一日にはかならず徳川家に献上された。
さらに、一月十七日には、「御神酒(おみき)流し」というシラウオの祭りが行われ、
佃島の住吉神社の神官や囃子方(はやしかた)などが舟に乗り、お神酒を川に流して川を浄めた。
この行事は、家康の命令で隅田川にシラウオはの稚魚を放った際、
その成長を住吉神社に祈願したことに由来しているともいわれている。
シラウオは成魚で10~12センチという、太平洋沿岸にすむシラウオ科の小さな魚である。
サケ同様、川で生まれ、海で育ち、再び川をのぼって上流で産卵する。
シラウオはサケ・マスの仲間でもあり、それらの魚と同様、背の後ろにアブラビレという小さなヒレがある。
シラウオの旬は、産卵のため川をのぼりはじめる早春のころである。
川の上流、産卵場所へ近づくほどまずくなる。
同じく「素魚」や「白魚」と書き、シラウオと呼ぶ博多名産の魚は、シラウオとは別種のハゼ科の魚である。
シラウオは吸い物や天ぷら、卵とじなど加熱した方がおいしいが、シラウオなまで食べるほうがおいしいとされる。
byチェリー号船頭の雑学
名古屋港水族館
イルカショー
2015.10.25.
byチェリー号船頭の雑学
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Posted by チェリー号船頭 at 01:14│Comments(0)
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