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2017年09月30日

船上で唄い、はやす”クジラ踊り”

船上で唄い、はやす”クジラ踊り”
和歌山県太地
和歌山県東牟婁郡にある太地といえば、捕鯨の町として知られている。
江戸時代、この地で銛(もり)突き捕鯨がはじめられた。
その後、網掛け銛突き法が考案され、それが太地方式として全国に広まったのである。
この太地に「鯨踊り」という郷土芸能がある。
二隻の船を海に浮かべ、その船上で若者たちが、腰をかがめて唄い、はやす。
その姿はかって、クジラ(鯨)をとって帰り、船を浜につける際にクジラをかかえるようにして二隻の船を着けた光景の再現である。
この鯨踊りは、太地町内で催し物があるときにいつも行われる。
また、この町にはつぎのようなクジラの伝説がある。
宝暦六年、その年は、クジラが不漁であった。
冬のある日、瑞光寺(大阪)の譚住禅師が旅の途中にこの地にことを知った村長の覚右衛門は、
禅師をたずね、クジラがとれなくなったことを話した。
そこで禅師は、七日七夜、豊漁祈願を行った。
するとその成果が現れたのか、太地の浦にクジラの大群がやってきた。
漁民たちは喜び、禅師に感謝し金三十両と十八本のクジラの骨を瑞光寺にささげた。
禅師はこの骨で寺の境内にある池に橋をつくり、雪鯨橋と名ずけ、クジラの冥福を祈ったという。
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Posted by チェリー号船頭 at 00:15Comments(0)旬と行事

2017年09月29日

つくり物のタイがとび出す”タイの祭り”

つくり物のタイがとび出す”タイの祭り”
愛知県豊浜
全長十五メートル、高さ五メートルもの大ダイ(鯛)が二尾、町を練り歩き、海のなかまで入り込んでいく。
この勇壮な祭りが、有名な愛知県知多郡南知多町豊浜の「タイ祭り」である。
さらし木綿二百反を使うという張り子の大ダイを二百人からの若者たちがかつぎあげる。
タイのお腹のなかには、おはやしをする人たちが入り込み、祭りは伊勢音頭にのって、にぎやかにくり広げられる。
夕暮れどきになると、海にいるタイのお腹のなかに百余りの紅提灯の火がともる。
壮大で楽しい祭りである。
明治三十八年、豊浜にかって見られないほどの大漁があった。
これを感謝してこの祭りがはじめられたという。
この祭り、昔は旧暦六月十日に行われたが、最近では七月中旬の、土、日曜日に行われている。
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2017年09月24日

海藻を奉納する”藻刈神事”

海藻を奉納する”藻刈神事”
三重県・興玉神社、宮城県・御釜神社
三重県度会郡二見町の興玉(おきたま)神社では、五月二十一日に藻刈(もかり)神事が行われる。
当日は白装束の神官が二隻の船に乗り込み、海藻を刈りとり神に捧げる。
この神事のあと、海藻とりが解禁となる。
さらに宮城県塩釜市には「藻塩焼神事」という行事がある。
まず、七月四日に藻を刈りとり、塩釜神社別宮の御釜神社に奉納する「藻刈神事」がある。
翌日は「水替神事」といって、神社にある四つの大釜を掃除し、今まで入っていた海水を海にもどし、新しい海水を多釜に入れる。
七月六日は四日に刈りとった藻に、前日くんできた海水をかけて火にかけ、塩をつくる。
できた塩は御釜神社にそなえられるのである。
御釜神社は安産と漁業の守護神なのだが、租税としてかって塩を納めなければならなかった時代に、
その厳しいとりたてに泣いた塩づくりの人々が、この社を祀ったのだろうといわれる。
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2017年09月20日

アユで漁と農作物の豊凶を占う”御贅(おんべ)祭り”

アユで漁と農作物の豊凶を占う”御贅(おんべ)祭り”
三重県大宮町
アユ(鮎)はその昔、戦況を占うのに使われていた魚である。
神功皇后が三韓征討ちに出発するとき、「自分の望みがかなう見込みがあるなら、この鉤(かぎ)にかかっておくれ」
と米粒をつけた鉤を川にしずめると、アユがかかったという話が「日本書紀」にある。
そのこる、アユは「細鱗魚」と書いていたが、それから魚扁に占う、すなわち現在の「鮎」という字になったという。
また、神武天皇も戦の勝敗をアユで占ったことも書かれている。
さて、このアユの占いが、現在も祭りの行事として行われている。
三重県度会郡大宮町滝原で行われる「御贅祭り」である。
この地を流れる宮川の上流に大滝峡というところがある。
その川にある大きな岩には「お鉢」と呼ばれる穴があいている。
この穴めがけて、生きたアユを放り投げ、その年のアユ漁と農作物の豊凶を占うのである。
祭りには、町長さんなど地元の人十二名が二十四尾のアユを投げ入れ、一月から十二月までを占う。
お鉢の中にみごとにアユが入れば大吉であり、そばに落ちてしまえば中吉といった具合である。
残りの十二尾は、近くにある伊勢神宮の別宮、滝原宮へそなえられる。
この祭りは、毎年七月の第一土曜日に行われている。
また、伊勢神宮でもかってはアユをとって神にそなえる「御川(みかわ)神事」など、アユに関する諸々の行事があった。
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2017年09月16日

タラをかついで行列する”タラ祭り”

タラをかついで行列する”タラ祭り”
秋田県・金浦神社
秋田県由利郡金浦町にある金浦(このうら)神社では、毎年二月四日に、神棚にタラをそなえる「懸魚(かけよ)祭り」、
俗称「タラ祭り」が行われる。
魚師がマダラ(真鱈)をつるした竹をかつぎ、笛や太鼓のおはやしのなかを海岸から神社まで、つぎつぎと運び込むといった盛大な祭りである。
そなえられるマダラは何十本にもなる。
金浦町にある北向きという土地では、税金としてタラを納めるきまりがあった。
タラ漁が生活を支えていたわけであるが、
吹雪の中での危険な漁なので、遭難事故も多かった。
元禄二年には、タラ漁に出た船があいついで転覆し、八十六名が命を落とした。
人々は村の行く末を案じ、元禄六年、海上の安全と漁で亡くなった人の霊を慰めるため、
神前に初漁のいちばん大きなタラをそなえたのが、この祭りの起こりである。
かってこの祭りでは、魚師たちは自分でとった最高のタラを、他の船のタラよりも早く神前にそなえようと競いあった。
しかしいまでは、祭りで使うタラも他県から求めなければならないというのが現状である。
この祭りにはもうひとつ楽しみがある。
参拝者は、奉納されたタラをたべられることだ。
大きなタラでつくるみそじたてのタラ汁は、雪のなかのタラ祭りに欠かせないものである。
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2017年09月09日

夢枕のお告げからはじまった”鯉の俎板開き"(まないたびらき)

夢枕のお告げからはじまった”鯉の俎板開き"(まないたびらき)
東京都・報恩寺
東京の浅草にある報恩時では、毎年一月十二日に「コイ(鯉)の俎板開き(まないたびらき)」という行事が行われる。
此処で使われる二尾の大きなコイは、まず、茨城県大生郷(おおのごう)飯沼天満宮から、
水海道市にある報恩寺(浅草報恩時の発祥地)に届けられる。
そこでコイは開基性信上人の木像にそなえられ、翌日、さらに浅草の報恩寺へ出向く。
浅草の報恩寺についたタイは、右手に包丁、左手に真魚箸(まなばし)を持った料理人によって、大俎の上で巧みに料理される。
「竜門のコイ」「長久のコイ」といった活けづくりがくりがみごと、完成するのである。
この俎板開きにはつぎのような伝説がある。
開基性信上人が水海道市の報恩時で布教につとめていたとき、ひとりの老人が毎日説教を聞きに来ていた。
ある日、この老人は、「師の恩にむくいるため、毎年、二尾のコイを献上する」といって姿を消してしまった。
その後、飯沼天満宮の神官に「毎年、正月十日に御洗池のコイを二尾、性信上人に届けてほしい」というお告げが、夢枕に現れた。
神官が池へ行くと、りっぱなコイが二尾泳いでいたという。
以後、報恩時には、毎年二尾のコイが届けられているのだという。
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Posted by チェリー号船頭 at 22:51Comments(0)旬と行事

2017年09月02日

フナをそなえる”えびす祭り”

フナをそなえる”えびす祭り”
愛知県・熱田神宮、佐賀県鹿島市
名古屋市にある熱田神宮の摂社、上知我麻(かみちがま)神社では、毎年一月五日の初えびすの祭に参拝者がフナを神前に供える風習がある。
お供え用のフナは二尾を一組とし、腹あわせに縄で結んである。
この日そなえられるたくさんのフナで、神前は山のようになる。
このフナは前夜から立ち並ぶ屋台の店で売られるのである。
祭の当日は、何十万人もの参拝者で境内は埋めつくされる。
一番の目的は、縁起物の神札である。
神札は「あきないえびす」「はたらきえびす」「とりえびす」の三種類あり、商人、農家、サラリーマン用に分かれている。
神札や熊手などを手にした人々は、最後にフナをそなえて帰るのだが、家に着くまではだれとも口をきかない。
ひとことでもことばを発すると、福が逃げるといういい伝えがあるからである。
さて、えびす祭りにフナを用いるところは多い。
えびすさまにはタイ(鯛)がつきものなのだが、タイはなかなか手に入りにくい。
ましてや数が多ければ、よけいにむずかしい。
それなら形が似ているフナで代用しようというわけである。
とくに冬は寒ブナが出回り、手に入りやすいという理由もあるようだ。
また、佐賀県鹿島市でも、えびす祭りにフナを用いる。
一月二十日のえびす祭りには、この地方では「フナンコグイ」と称すフナ料理をおそなえする。
この料理はフナをコンブ(昆布)で巻き、大根、にんじん、れんこん、ごぼう、コンニャクといっしょに
水飴とみそで味をつけフナの骨をやわらかくするため二十四時間煮込んだものである。
この「フナンコグイ」を町のえびす象や家の神棚にそなえたあと、今年一年の無病息災を祈って食べるのである。
また、上知我麻(かみちがま)神社での初えびす同様、前日の早朝より、鹿島市浜町の路上にフナ市が立つ。
四十~六十の露店がたち並び活きのいいフナを売るが、時間がたち、フナが弱ってくると値もどんどん下がってくるという。
この市は二百年もの間、つづけられている。
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